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ホームエデュケーションは違法? 

ホームエデュケーションは子どもの権利

多田 元(弁護士)
「メッセージ」 vol.128より
1 ホームエデュケーションは法律違反?

Q うちの子は学校の雰囲気が合わないので、学校に行きません。
 先生には「小・中学校の義務教育では、子どもには学校へ行く義務、親には就学義務があり、登校させない親は罰せられることもある。また、子どもが学校に姿を見せないと、親はネグレクト(養育放棄)の虐待を疑われる。」
と言われて不安になりました。

 先生の意見は法的には全部まちがっていますね。
 まず、義務教育の「義務」は、子どもの学ぶ権利を保障するおとなの側の義務の意味であって、子どもが学校へ行く義務ではありません。親の就学義務も、子どもの学ぶ権利を親として援助する義務であり、登校を強制することが子どもの心を傷つけるような場合に、むりやり学校へ行かせる義務ではありません。
 以前は不登校(登校拒否)は心の病というような偏見や子どもをむりやり学校へ引き出す暴力によって多くの子どもが傷ついた時代があり、その反省や子どもへの理解を求める声が徐々に大きくなってきていたのに、最近は再び不登校を長引かせると「ひきこもり」になるから早期に対応するとか、不登校と「虐待」を単純に結びつけて問題視する動きが文科省や各地の教育委員会に見られるようになっています。「虐待」かどうかも、子ども自身が人権を侵害されているかという「子どもの視点」から判断すべきことなのです。これは厚生労働省も公式に認めていることです。子どもが学校に姿を見せないだけで「虐待」が疑われるわけではありません。

Q  学校へ行かない子どものためにホームエデュケーションがあると聞いたのですが、それは法律で認められているのでしょうか。

 ホームエデュケーションは、本来、不登校の子どものためにやむを得ずやるというのではなく、教育・学習の方法のひとつと考えるべきだと思います。
 外国にはホームエデュケーションに関する法律をもつ国がありますが、日本にはまだその法律はありません。教育基本法改正を提言した2003年3月の中教審答申も、学校中心の教育を強調するのみで、ホームエデュケーションを含む多様な教育方法については視野に入れていないようです。
 しかし、ホームエデュケーションも子どもと親(保護者)の権利に含まれるのです。これは少し説明が必要ですね。次にそのことをお話しますから、ちょっとむずかしいこともあるかもしれませんが、がまんして読んで考えてみてください。

2 ホームエデュケーションとは?

 ホームベイスドエデュケーションとか、ホームスクーリングと言われることもあります。人によって理解が多少ちがうかもしれませんが、こまかいことは抜きにして、私なりの理解で説明しましょう。
 言葉の意味は、家庭での教育ですが、「親(保護者)が、子どもの教育について、学校(学校教育法で定められた国公私立の学校)にまかせるのではなく、ホーム(家庭)をベイス(基地)にして、学校教育以外の方法で、子どもの学ぶ権利を保障するもので、子どもとともに選ぶもの」ということになります。なんで英語で言うのか。適当な日本語が見当たらないからでしょう。普通「家庭教育」とは、子どもを学校に行かせたうえで、親が家庭でする日常のしつけとか、ときには、学校教育の下請けのように「子どもを学校に休まず行かせることが家庭教育」などと言われたりして、ホームエデュケーションとは反対の意味にもなります。中教審答申が述べている「家庭教育」も同じです。

3 ホームエデュケーションと義務教育

 義務教育は、憲法26条に次のように定められています。

1 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける 権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる 義務を負う。義務教育はこれを無償とする。(注:「子女」とは、むすこ・むすめ、要するに子どもの意味です。)

  そして、教育基本法が9年間の普通教育の義務(保護者の義務)を定め(4条)、さらに、学校教育法が、この9年間を、満6歳から12歳までの小学校の初等普通教育、満12歳から15歳までの中学校の中等普通教育に分け、保護者は子どもを就学させる義務を負うこととしました。就学義務は、子どもが満15歳になった学年の終わり(3月31日)に終了します。
 義務教育制度は、子どものために、親の経済力等で差別されず、平等に普通教育を保障するものです。子どもは教育への権利(学ぶ権利)はあっても、学校に行く義務はありません。戦前の天皇制明治憲法では、学校へ行くことは、納税と兵役の義務に並ぶ国民の国に対する義務とされていました。しかし、現在の民主主義の憲法では、子どもの学ぶ権利をみたすため、おとなの子どもに対する義務として国が課したものと理解されています。これは、最高裁判所の判例でも認めていることです(最高裁昭和51年5月21日判決)。
 次に、注意してほしいのは、憲法26条は、義務教育を「普通教育」と定めたことです。義務教育の内容を学校教育には限定していないのです。普通教育とは、職業教育、専門教育、特殊教育以外の一般的基礎的教育を意味します。普通教育であれば、学校教育以外の方法によるものでもよいわけです。そこで、憲法の解釈として、義務教育制度は、親が学校教育以外の教育方法を選択することができる自由権(私教育の自由)を否定してはいないと理解されています。たとえばホームエデュケーション法を作って、ホームエデュケーションも義務教育に対応するものとすることは憲法のもとで可能なのです。
 悲惨な戦争の後、平和への決意をもって創られた1948年12月10日世界人権宣言の26条は、教育への権利として「親は、子どもに与える教育の種類を選択する優先的権利を有する。」としています。また、国連子どもの権利条約29条は、この世界人権宣言を受けて、「個人及び団体が教育機関を設置する自由」を妨げてはならないと定めています。これらの国際的なルールでも、親は、子どものために、学校教育以外の教育方法を選択する権利が認められています。その中には、ホームエデュケーションを選択する権利も含まれています。

4 教育方法の選択のあり方は?

 教育方法は親がまったく自由勝手に決めてもいいのでしょうか。そうではありません。子どもの権利条約3条、18条は、子どもの養育(教育)など子どもに関する事柄については、子どもの最善の利益が考慮されなければならないと定めています。親の教育義務は、子どもの学ぶ権利に対応するものです。子どもの学ぶ権利は、学ぶ場と学習の方法を選択する自由を含んでいます。子どもにとって何が最善であるかを、親が子どもとともに考えて、選択すべきです。
 ホームエデュケーションは、子どもの学ぶ権利に対応するものであり、親が子どもとともに、子どもの最善の利益を考慮して選択するものです。また、孤立して子どもを抱え込む必要もありません。ホームエデュケーションを支えあうネットワークも必要ですし、公的援助も必要でしょう。
 私の身近にも小学校2年から15歳頃まで学校に行かないで、家庭で学び、大検塾に1年通って大学に進学し、とても感性豊かで楽しんでいる人もいます。親が彼女のためにしたことは、学科を教えることではなく、家庭で子ども自身が安心して読書など学ぶ環境を守ることだったということです。